学校を卒業して10年間、私は建築家のアトリエで修行を積み、設計や現場と向き合う日々を過ごした。建築家のアトリエで働いたことは、私にとってとても貴重な経験になったけれど、先生の片腕としての重責を感じる日々、家に帰ることもままならず、現場で起こるさまざまな問題や次々とやってくる仕事に追われながら、とにかく目の前のことをこなすのに必死だった。
アトリエに勤める以上苦労は覚悟の上だったが、長いことそういう生活が続くと、好きではじめた仕事とは言え、自分でやっていることが何なのかわからなくなることもあった。
自分はこの先もこの仕事を続けていけるのだろうか・・。
終わりのないトンネルに迷い込んだような、そんな感覚に襲われた。
そんなときには世界の名建築の写真や図面を眺めていると、不思議と心が落ち着いた。
その建築がある街にはどんな空気が流れていて、どんな人たちが生活しているだろう、その場所に行けば、自分が今抱えている問いに対して何か答えが見つかるだろうか。そんなことを想像しながら、写真の中から僅かな手がかりを見出そうとしていた。
当然のことながら、自分の狭い価値観の中だけの思考には限界もあり、そのとき考えられることはすべて考えつくした感もあった。遠い異国の地に降り立ったとき果たして自分は何を感じるのだろう。日を増すごとにその思いはだんだんと強くなった。担当していた仕事を終え、事務所の諸事情も重なり私は事務所を辞職することを決めた。しばらくは何も考えられない状況だったけれど、ある日妻がヨーロッパへ行くことを提案してくれた。
そうか、学生時代にいつかやってみたいと思っていたこと!それが今ならできるかもしれない。
はじめは1ヶ月くらいで・・と考えていたのだが見たいところや行きたい場所、それらを1つづつピックアップしてみたらとても1ヶ月では周りきれない。現地のツアーに参加してもありふれた観光になってしまいそうだし、考えてみれば夫婦一緒に行くのだから、帰らなければならない期日もない。
時間とお金が許す限り、見たいものを見て、行きたい場所に行ってみればいい。もちろん行った先での不安がないワケではない。英語だってほとんど喋れないし、そもそも海外旅行にだってほとんど行ったことがない。行ったことがないのだから不安を消す方法など思い浮ぶはずもない・・。
それよりも新しい世界への期待のほうがはるかに大きい。今はその期待があればどうにか生きて帰ってくることはできるだろう。そんな思いを胸に小さなバックパックを2つ背負い、夫婦で世界を巡る旅に出ることを決めたのでした。
まずは北欧フィンランドから。
なぜフィンランドかって?
人は思い悩むと北へ向かうのだそうです。(笑)
はたしてこの先どうなることやら・・。この写真を見るとあの日の気持ちを思い出す。